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ちらしの裏側に書くようなどうでもいい事を書き綴る場所。 そして同意者を得たい、そんな人。
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その場所の意味をアンタはしらないんだ。
その場所に居続けたい癖に。
その場所にいられる癖に。
そこに行きたかったのに。


なんだって出来るって?まさか!
出来ないから苦しいんだよ、ばーか。
俺だってさ、周りがどんなに褒めようと普通の、ただの――。


出来ない事ぐらい。
あるんだよ。



「誰でも出来る事」 その2
レハト×サニャ。
サニャ愛情ED後、ヴァイル親友状態。


「……どうしよう」

サニャは一人廊下を歩いていた。レハトをヴァイルの部屋から呼び出して欲しいと文官から頼まれたのだ。一介の文官風情が王の部屋へ行く訳にもいかず、そもそも側近と呼ばれるような王付きの者達ですら、その行為を忌避する。

というのもヴァイルがレハトと引き離されるのを酷く嫌うのだ。

レハトを呼び出そうものなら、それはもう寒気が起こるような、本気で射殺そうとしているかのような視線でもって招かれざる来訪者を見つめ「何様のつもり?本気?」静かに問う。殺気すら感じる威圧感を放つせに口許は笑っているものだから、それがまた恐ろしい。

だがレハトはヴァイルのそれを冗談だと思っているらしく、朗らかに笑いながら注意する程度でしかない。そしてギラギラと殺意を放つヴァイルを置いて呼び出しに応じる。

今までの失禁者は12名。去年の緑の月に何も知らぬ文官が挑戦し、あえなく敗退したのが最後である。以降はレハトの妻、サニャが引き受けている。

文官達はレハトがサニャを溺愛している事を知っている。また妻を傷つける者には全くの容赦も無く噛みつくことも。それは現王とて変わらず一度同じようにサニャを怯えさせ、レハトは5日程ヴァイルと口をきかなかった。その時のヴァイルの落ち込みようは彼の側近達の立ち話に未だに上がる程のものである。結局、王が文官長の妻に頭を下げるという異例の事態を引き起こし事態は終息した。

この事件以降「レハトの呼び出しにはサニャ」という、彼女自身には迷惑極まりない約束事が出来てしまった。しかし相手がサニャであってもヴァイルは多少の不機嫌さを見せる。あからさまに舌打ちなどされて本当に怖くて仕方ないのだが、他の者が行けば怖いどころでは済まずに死すら感じるとあっては彼女が行かねばならない。

「はぁ……」

サニャは重い足取りでヴァイルの私室へ向かう。

今日はレハトの休暇であるのだが、新入りが大きなミスをしてしまって一人で十人力と吟われる彼に応援要請が入った。が、休暇である彼はヴァイルと酒盛りの最中なのである。ヴァイルとて王として、ランテ領の主として多忙を極めているのだが、レハトの貴重な休暇を共に過ごす為にレハトと二人で一気に仕事を終わらせてしまったらしい。「たまにはちゃんと構ってやらんと拗ねるんだ」と、次の休暇をサニャと過ごすことを約束してレハトはヴァイルに連れ出されていった。
「……はぁ……」

サニャはこの道程で何度も溜め息を吐いていた。今日ばかりはヴァイルも黙って送り出すとは思えないし、それ以上に気が進まない理由がサニャにはある。

「……、……」

サニャはそっと自らの腹を撫で、そこに居る自分とレハトの血を継ぐ存在を感じようとする。

「……レハトと、わたし、の、あ、あかちゃん」

声は震えていた。

気を失ったサニャが目を覚ますと、まず仲の良い侍従がおめでとうございます、と祝福した。何事かと問えば現れた医師に懐妊が伝えられる。サニャは純粋に喜び、けれどすぐに胸を痛ませた。

これではますます離縁出来ない。

もし黙って城を出たとしても侍従と医師は赤子を授かっている事を知っている為、身重のサニャを追い出したとレハトは避難される。事実とは伝聞によって歪められていくものだ。あっというまに歪みながら広がっていき、その歪はレハトを酷く傷つけるだろう。

退路は絶たれた。進むべき道も今はひとつしか見えない。

「レハトに伝えなきゃ……」

彼はきっと喜んでくれる。それから今まで以上に優しくしてくれる。そして自分はそれに甘えて、喜んで、そして何もなかったかのように不出来の妻で居続けて。それがサニャが見えるただ一つの未来。

それではいけないと分かっている。だがどうすればいいのか、何が正しい答えか、少しもわからない。廊下を遅い歩みで歩きながら、夫の為に出来る事を探してみるも何も見つからない。美しくもなければ、学があるのでもないし、弁が立つのでもない。残るのは一体何だろうと思いを馳せながら歩けば、その足はヴァイルの私室の扉前で止まっていた。

「……――、サニャはレハトの為に何が出来るんだろ」

扉前で俯き、呟く。

帰る時に聞いてみようか。賢いレハトならば何か教えてくれるかもしれない。レハトなら、私がこのままでも許してくれる、かなぁ……。

「サニャ!」
「ふぇ!?」

急に扉が開いたと思った刹那、目の前が真っ暗になる。

「やっぱりサニャだ、サニャサニャ可愛い私のサニャぁ!!」

体が浮く感覚を感じ――そこで自分が誰かに抱き上げられると知る。

「あうわわわっ、れは、レハト!?」
「うんうん、君のレハトだよ!」

見た事が無いような満面の笑みでレハトは答え「サニャかわいい!」ぐりぐりと頬擦りをしてくる。

「にゃ、にゃ、いた、いたいよ、レハト!」

レハトを押し返せば、子供のように不満げに口を尖らせ「だって可愛かったからさァ」などと言う。

「……あ、そだ、レハ「そーおーだァ!!サニャも一緒に呑もうか!うん、そうしような!」……へ?ちょ、待っんく」

サニャを抱いたまま部屋へ入ろうとするレハトを引き留めようと口を開けば、レハトがその開きかけた唇に口付けた。上物の果実酒の香りが鼻腔一杯に広がる。

「あははっ、先におすそわけ」

朱色に染まった頬、弛んだ口元、とろんと半ば閉じた目。レハトに酔いが回っているのは誰が見ても分かる。こうなっては誰も止められない事も、彼を知る者ならば理解している。

「ヴァぁイぃルぅ、参加者いっちめぇ追加ァ!」

ずんずんと部屋を進みながら――いつもなら応接室で控えている侍従達もいない。どうやら追い出されたらしい――レハトは大声で叫ぶ。

「は?誰?」

奥の部屋から現れたのはラフな衣服を纏った現国王ヴァイル・ニエッナ=リタント=ランテ。レハトに抱えられたサニャを見つけると「なんで?」あからさまな敵意の視線をサニャへとぶつけてくる。だが元々鈍く、更に酔いが回ったレハトがそれに気付ける訳もなく「一人より二人、二人より三人のが楽しいんだぞ」けらけらと笑いながらヴァイルの横をすり抜け奥の部屋へ入り込む。

「あ、あの、レハト、わた、わたし!」
「まぁまぁ、ヴァイルに遠慮しなくたっていいよ。あいつは王様である前に私の親友だ」
「そういう事じゃなくて!」
「さて、三人になったら酒がこれだけじゃ少ないな、貰ってこようか」
「もう、レハトっ!サニャの話ちゃんと聞けぇ!」
「うんうん、戻ってきたらね」

カラカラと笑い、レハトは椅子に座らせ、さっさと部屋から出て行く。追おうと席を立てば、そこに不機嫌そうなヴァイルが入ってきて。

「なに?出てくの?あぁ、俺が怖いんだ?」
「あ、え、ぅ……」

目を細めクスクスと笑うヴァイルに、サニャは今まで以上の恐怖を感じた。たじろいで一歩退くと椅子の足に躓き、そのまま元のように椅子に座ってしまう。

「あ、あの……」
「別にいいよ、レハトがそうしたいなら俺は口出す気無いし。座って待っとけ」
「……は、い」

俯き、なんとか返事を返す。ヴァイルはそれ以上は何も言わず、机を挟んだ、サニャの対角の椅子へと腰を下ろした。

「……」

何の音もしない。ヴァイルは黙って虚空を見上げて黙っているし、サニャは俯いて机の脚に刻まれた意匠を眺めて気をまぎらわせている。

最初に音を出したのは部屋の主。机に置かれた酒瓶を持ち上げたのだ。
ヴァイルは静かに手元にあった白磁の器へと酒を汲み、一気にそれをあおる。何回かそれを繰り返したところで「アンタも呑む?」だいぶ軽くなった瓶をサニャへと突き出した。

「あっ、あの、サニャは、あ、いえ、私は、その」

びくりと肩を揺らし、俯いたまま首を左右に忙しなく振る。ヴァイルは震えているようにも見えるサニャを見つめ、ふ、と息を吐いた。

「あっそ、王の杯が受けられないんだ」
「ち、ちがっ、違います!!」

慌ててサニャが顔をあげれば、至極冷めた新緑色の目がそこにある。「ひぁ……っ」小さな悲鳴が上がる。

「人の顔を見て悲鳴とか」

最低だな。

ヴァイルは肩を竦め、サニャから目を逸らした。サニャへと向けていた酒瓶を引き寄せ、自らの杯に注ぎ、また一気にあおる。

「も、申し訳、ご、御座いませ……」
「いいよ、謝らなくて。そういうの煩い」
「で、でも!!」
「だから煩い。……なに?黙れって言わなきゃわかんない?もしかして馬鹿?」
「あ……」

ぐ、と息が詰まって再び俯く。侮蔑の視線を感じながら、サニャは手を強く握り、歯を食い縛る。涙が溢れそうになって、手の甲で瞼をこすった。

「悔しいなら言い返せばいいのに。アンタがそんなだから俺とレハトが……、……――」

はぁ、とあからさまに溜め息を吐くヴァイル。「あのさ」足を組み、体を縮めたまま動かないサニャを見やる。

「俺とレハトの噂知ってる?」
「……っ」

びくりとサニャが震えたのを確認すると「そぉ、知ってるんだ?」口角を上げた。サニャは何も言わない。ただ不機嫌な王が一刻も早く自分に興味を失ってくれる事を祈る。自分は石だ、だから何も見えない、聞こえない。

「あの噂。俺がレハトを好き、いや、愛してたってのさ」

聞こえない。
聞こえない。

「あれね、本当」

聞こえないから、もう喋らないよ。

「俺はレハトを愛してたよ。レハトが女を選んでたら、今頃はレハトは王配。レハトは優しいから結婚してって言ったら頷いてくれる」

聞こえないんだ、だからやめて。

「知ってる?レハトは口では男になりたいって言ってたけど、本当は女になりたかったんだぜ。綺麗に着飾ってみたいって顔真っ赤にしてさ、可愛かった」

聞こえない。
聞きたくない。

「なのに、あいつは男を選んだ。……アンタがいたせいで」

聞きたくない聞きたくない聞きたくない。

「俺といれば金も地位も何もかもを得られたのにさ、レハトも馬鹿だよね」

ヴァイルは呆れたように言う。

「……え?」

レハトが馬鹿って?

金?地位?なんだそれは。そんなつまらないもので……?

そんな事を親友が言うのか。そんな事を……!

「もしアンタがいなきゃレハトも俺も幸せだったの「何言ってんのよ!!!!」

サニャは叫んだ。

我慢が出来ない。自分を選んだレハトが周りに愚かと言われているのは何度だって聞いている。自分とレハトが釣り合わないなんて今更言われなくても分かってる。だが、レハトは自分で決めた。自分で決めた事をどうして馬鹿にされなければならない?どうして愛する人が馬鹿にされなきゃいけないのか。親友だっていうのに、愛してたっていう癖に、なんでレハトを馬鹿にするんだ!よりによってお前がそんなことを何故言うのだ!

恐怖より怒りが前に出る。サニャは立ち上がって、ヴァイルを見下ろし、心のまま叫ぶ。目の前にいるのは王ではなくて、サニャの大事な者を傷つけようとする敵だ。

レハトを裏切ろうとする敵だ!

「なにさ!王様だからって意気がってさ!つまりただの嫉妬でしょ!れ、レハトがアンタじゃなくてサニャを選んだのが悔しいだけじゃない!ガキじゃないんだから、そんなの自分の中で何とかするのが普通でしょうが!レハトはね、レハトはサニャが好きだったの!レハトが決めたんだ、サニャと結婚するって!!馬鹿にするなっ、レハトがお金とか権力とかで動くなんて有り得ないんだから!絶対ぜぇったい有り得ない!レハトは!レハトはね、アンタなんかよりサニャを愛してるの!愛してるんだから!!サニャだって、レハトが世界でいっちばん好。き……ぁ……――」

言い切ろうかというところで我に返った。視線の先には呆けた顔をした六代国王にしてランテの領主ヴァイル・ニエッナ=リタント=ランテ。

「あ、あ……あぅ……」

腰が抜けた。しおれるようにして椅子に座り、陸に揚げられた魚のようにぱくぱくと口を開く。

「あ、わた、し……」

国王に何て事を言ったのだろう。壁に仕切られたこの国において、つまり自分達の世界に於いて最も尊い人間に自分は「アンタなんか」と吐き捨てた。
この場で切り捨てられてもおかしくない。それどころか夫であるレハトも只では済まない。……いや、王が愛した彼ならば、まだ。

「あぁ……」

そうだ、これならばレハトは何の問題もなく自分と離れられるではないか。罪を負った妻を見捨てる事に何の躊躇いがあろう。誰が非難出来るのか。これで何もかも……?

――いいや、駄目だ!

「申し訳御座いません!」

その存在に気付いたサニャは椅子から床へと体を移し、額を床に擦り付けた。

「申し訳御座いません!!」

自分がどうなろうと


この子だけは!


「申し訳御座いません……!!」

子供には何の非もない。アネキウスの恵みを受ける前に愚かな母と共に命を終わらせてはならないのだ。それは母としての役目。どんなに愚かしくても、これだけはせめて!

床を舐めるような姿勢でサニャは謝罪を続ける。どんな事もする、いずれこの首を斬ってもいい、だから今少しの時間を、と恐怖で震え、涙で濁った声でサニャは叫ぶ。

「あぁもう分かったから」

嘆息混じりの、呆れていると分かる声が頭上から聞こえた。次いでサニャは腕を取られ、体を引き起こされる。そっとヴァイルを見れば、そこには思った通りに呆れた顔がある。

「アンタ怒ったり泣いたり忙しい奴だなー。おとなしいのかと思ったら」

全然違ったと苦笑。

「俺は何もしないし、そういうの止めといて。レハトに見つかったら本気で殴られる」

サニャは腕を引っ張られ、椅子に座るように促される。上目遣いで窺えば「いいよ、座れ」ヴァイルの顔に今までの嫌悪はなく、逆に明るく見えた。

「えっと、さ」

ヴァイル自らもサニャの目の前の席に座ると、薄く笑いながら腕を組む。

「やれば出来るじゃん、アンタ」
「……は、ぃ?」
「うんうん、そういうの悪くないよ」
「え?あの……」
「それくらい威勢良くないとねー、レハトの嫁なんか務まらないよ。認識も間違ってない。レハトはアンタが一番好き、あ、いや、愛してる、だっけ?」
「あの」

戸惑うサニャにヴァイルはにっこりと笑みを向ける。

「他の奴にも言ってやれよ、それくらい」

はっきりとした声音だった。

「我慢なんかしなくていい、隠れる必要なんかない。あいつらが好き勝手に言うの腹が立つだろ?だからさっきみたいにレハトは好きで自分を選んだ、文句あるのかって言え」
「……」
「まさか王様の俺に言えて他の奴は無理とか言わないよね?」

くつくつと王は笑う。まばたきを何度も繰り返しヴァイルを眺めるサニャは、いまいち現状を理解出来ていない。だが彼女を尻目にヴァイルは話を続けた。

「見てたら分かる、アンタが卑下してんの。自分がレハトの評価に関わるから後ろに下がって、レハトの妻である事を隠してるんだよね。どう?違う?違わないよね?うん、じゃあ今日からそれも止めて」
「あの、でも」
「でも、じゃない。今すぐ止めろ。アンタがそんなふうにしてたら、アンタを選んだレハトが間違ってるみたいだろ」
「あの、……はぃ」

サニャが小さいながらも返事をすればヴァイルは「それで善し」大仰に頷いて見せた。

「あーのーさっ、周りにさ、間違ってないって見せつけたら?方法なんていくらでもあるんだぞ、アンタがちゃんと見てないだけでさ。何も社交界でお行儀良くしてるだけが全てじゃない。アンタにだって得意な事あるだろ、レハトがこれ見よがしに俺に見せつけてくる刺繍とか」
「……」
「誰にだって出来る事と出来ない事はあるんだ。アンタは出来ない事を出来ないって言ってるだけ。そのくせに出来る事があるのにやらないんだ」
「……そん、なの。そんなの出来てるんだったら、とっくにやってます。たかが村娘のなんかを誰が認めてくれるんですか」

口をついて出たのは拗ねた子供が言うような言葉。

ヴァイルが言った事は間違ってはいない。間違ってはいないが、それは何もかもを完璧にこなせる彼だから言える言葉だ。出来る人間に出来ない人間の気持ちは到底分かるはずがない。サニャは唇を噛み、ずきりずきりと痛む胸を抑える。

「アンタ、目が見えないんじゃない?」
「見えます」
「だったら理解してないのか。やっぱ馬ッ鹿だなー」

王は肩をすくめ苦笑する。「ちゃんと見ろよ、アンタのいる場所」小さな子供に言い聞かせるような優しく穏やかな声音。

「アンタは今はレハトの妻で、ここは国屈指の針子達が集まっている場所。それからアンタには物を作り出す手がある。このまま出来もしない事を無理矢理やるくらいなら、出来そうな事をやった方がマシでしょ。それとも失敗して非難されるのが嫌なの?」

サニャは動かず、また答えない。ヴァイルはそんなサニャを見つめたまま話を続ける。

「最初から何でも出来るなんて思ってないよね?俺もレハトも、それどころか兎鹿だって、生き物はみんな1からだ。それを吸い込む速さに違いはあるだろうけど、まぁ、動かずに上達するなんてないよな」
「……わかってます。でも、たかがそんな裁縫なんかで」
「はっ、だから見えてないのかって聞いたのに。お偉い方が着飾ってるの見えない?舞踏会だのに託つけて、こぞって求めてるものはなに?わかる?わからない?どっち?」
「で、でも!!私がやって認められるとは」
「ああああああ!もうっ、アホ、バカ、マヌケー!」

突然声を荒げ、頭を抱えた王。ぐしゃぐしゃと頭を掻きブツブツと何やら呟いている。「え、あ、えっ……?」サニャが動揺している間にも「レハトの横にいて何でわかんないんだよ」「甘やかしすぎだろ」「なんで俺がこんなことを」と独り言を続けている。やがて「あのな!」勢い良く顔をあげ「ひゃい!」サニャを睨み付ける。

「認める認められないじゃないんだよ。それは相手がする事。そんなのに気を取られてどーすんの」
「あの、えっと、それはどういう事で御座いますですか……」
「あんたがするのはっ」
「は、はい」


認めさせる事!


「だろっ!」
「え……?」
「アンタの旦那がやった事をアンタもやればいいんだ。出来ないなんて言うなよ、出来るまでやればいいんだから」
「で、でも!そんな認めさせるような事出来ません!」
「やってもない癖にそんな事分かるっての?魔法使いじゃあるまいし」
「だって、私は村で習ってただけで……」
「村では出来てたなら此処でも出来るじゃん」

王は、神に寵愛されし天才は、いとも簡単に光の中で言う。出来ぬ事を知らぬ彼は言う。

「そんな凄いことなんて出来ません……っ」

光を遠くに見上げるだけのサニャは首を振った。何度も何度も失敗してきたからこそ知っている。しょせん自分は何も出来ないと。

「だから俺は出来るようになれって言ってるの。0を幾つ足しても0だけど、今あんたが持ってる1を何回も繰り返せば10にも100になるんだよ」

はぁ、と大きく溜め息を吐き、ヴァイルは目を細めてサニャを見やる。つまらない、くだらないと王の目は語っている気がして、サニャは体を強ばらせた。わかっている、自分が駄々を捏ねていることを。ヴァイルはサニャの為になるようにと道を示してくれているのだ。だが、示された道は至極暗くて怖い。転んだ人間は痛みを知っている。もう転びたくないと願うのは間違ってなどいないはずだ。だから

「出来ません」

震える声で否定した。

「この……っ!」
「……」

舌打ちが部屋に響く。

「っ、なんで出来ないと思うのさ。何も知らない奴には何も出来ないって言うのか?」
「……出来ません」
「ああもうあんた最低だな、アンタこそレハトを馬鹿にしてるよ!」
「な、なんでそんな事になるんですか!」
「レハトは何処から来た?アンタと一緒でしょ」
「っ、レハトは印持ち」
「だから比べるな?ふざけるな、俺達だってな」



ただの人間だ!





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