ちらしの裏側に書くようなどうでもいい事を書き綴る場所。
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文章
1話目→http://akatukiya.blog.shinobi.jp/Entry/85/
前回( http://akatukiya.blog.shinobi.jp/Entry/91/)の続き。
最後の期待(ヴァイル×レハト)
もう一人の選定印持ちであるレハトが去った後、ヴァイルは彼が落としていったショールを手の中で遊ばせながら部屋へと戻っていた。レハトは何やら急いていたらしく、ショールを落としたと教えるヴァイルに
「明日僕が君の部屋に迎えにいくから、それまで預かっとけ!!」
と言い放ち、レハトは今まで見たことのない早さで走り去っていった。それほど侍従が怖いのだろうかと考えて、レハトの世話をする二人の侍従を思い出す。二人とも物腰は穏やかではあるが、レハトの事となればお付きの立場を越えたほどに優しく甘やかす。甘いが、また非常に厳しくもある。一昨日などヴァイルが彼を遊びに誘いに行った時など「レハト様は午後から立ち居振舞いの学習がありますので」と、事もあろうか王位継承権のあるヴァイルの首根っこをつかんで部屋から放り出した。一日くらいいいだろうと笑うレハトに「なりません」とぴしゃりと否定した老齢の男の目は非常に怖かったのをヴァイルは覚えている。
「……レハト、大丈夫かなぁ」
学習量二倍とかにされなければいいけど、と付け加え、悠々と彼は部屋へ戻る。部屋の前で彼の侍従がギラギラと怒りに目を光らせているのを見つけ、己も同じ境遇にあったことを思い出すが、時既に遅く。踵を返して逃げようとする彼を取り囲むは逃亡癖のあるヴァイルと戦いを繰り広げてきた強者揃いの部屋付き侍従。
たとえ神に選ばれし王候補者でも、これには「ごめんなさい」の言葉しか出せなかった。
ヴァイルのベッドに置かれているのはレハトのショール。レハトと会っていた事が知れれば、ヴァイルの侍従達はレハトに責を問うかもしれない。彼ら二人が悪戯に駆け回っている事は有名であるから「またか」で済むのかもしれないが、もしもの為の保険として懐にそっと隠しておいたのだ。
「…………」
ベッドに腰掛け、なんとなくショールを手に持つ。自分が持っているものと色違いのものだと気付き、お揃いだとヴァイルは頬を緩ませる。
「レハト、何してるかな」
まだ叱られていたりするのだろうか、それとももう寝てしまった?もしかしたら今の自分と同じように自分の事を考えていたり……
「ないない!そんなの無い!」
思い付いた甘やかな妄想にヴァイルは一人羞恥に悶絶した。柔らかな敷布に顔をうずめ手足をばたばたと振り回す。
そんな筈が無いと言いつつも期待している自分が嫌になる。現実とは自分が望んだ通りにならないのが当たり前で、ヴァイルもそれを何度も見知ってきた。痛い程に、軋む程に、何度も何度も繰り返した。ゆえに彼は誰にも期待しない。期待したところで叶わぬのはわかっているから。どうせ自分の後ろを見て優しい言葉をかけているのだから。
「でもレハトは」
他とは違うような気がしている。彼には自分を謀る意味がない、少なくともヴァイルには思い付かない。あの徴さえあれば高い位置に立つ事も出来る。そもそも彼は決して無能ではない――むしろ短期間での成長を見れば、彼が天才だということは火を見るより明らかである――のだから、望めばいくらでも好きな地位につけるだろう。ならば彼は自分に何を望む?彼が自分に望む、才を持ってしても辿り着けぬ場所は……
「王配……って、ちが、あ、そ、え、う、……ッッッ!」
今度は枕に頭を突っ込んで意味を成さない言葉を吐き出す。胸の辺りが緊張して、頭が熱くなって。
頭がくらくらした。うっすらと漂っていた睡魔が霧散して、残っているのは羞恥に目を逸らしたくなるほどに甘く蕩けるような未来への渇望。何度否定しようと、何度笑い飛ばそうと、その思考は彼の頭から洗い流せない。
「なんで……」
ふいに自分の右手が握っていたそれを思い出す。
「……」
レハトが身に付けていたそれをヴァイルは胸にぎゅうと抱く。彼の名を呼ぶと、胸の痛みが増したが、それでもヴァイルは彼の名を繰り返す。やがてヴァイルの口から漏れたのはレハトへの純粋な想い。
「ああ、そっか。そうだよな、うん」
ヴァイルは一人、誰も聞く事のない場所で
「レハト、好きだよ。だから」
お願いだから何処へも行かないで。
叶えるつもりのない望みを口にした。
夢を見た。物心付く前から見続けている不思議な夢。
夢の中でヴァイルはとある人間に出会う。うっすらとした霧のようなものに包まれた、おそらく同年代の少年。何度か名を聞こうとしたが、いざ夢の中に入るとその事はすっかり忘れている。夢の中では名がなくとも別段困りはしなかったものだから、そのうち名を聞こうと思うこともやめた。
二人で沢山話をした。現実であった事を話して、喜びと悲しみをお互いのものにした。寂しい夜には必ず彼は現れて、ヴァイルを抱き締めた。母が死んだ時も、父が海に出た日も、幼い頃から一緒にいた侍従が去った時も、老いた侍従がアネキウスの下に旅立った時も、彼はヴァイルと共にいた。
「やくそくしてやる。みんないなくなっても、ぼくはきみをひとりにしないぞ。ずっとずっといっしょだ」
互いの手を重ね、指を絡め「やくそくだからな」顔を真っ赤にして幼い彼は言い、二人は共に在ることを神に誓った。
時を経て、彼は自分と同じように成長していく。次第に話す事も限られてきて始終二人でぼんやりとしていても、彼と共にいる事は心地が良かった。何も考える必要もなく隣にいられた。幼馴染みであり、親友であり、また絶対の味方。彼が何者でも良かった。たとえ自分の妄想でも。
「……久しぶり」
そして今日も彼はヴァイルを待っていた。会わなくなってもうすぐ1年になろうかという時点での再会にヴァイルは戸惑う。
何故彼に今会うのだろう?自分は十分に満たされている。いつも不安な時に現れるというのに。
「あぁ、久しぶり。こんなに会わなかったのは初めてだな」
うっすら光る紋章が刻まれた石板を足元に置き、黒髪を揺らし、彼は笑顔でヴァイルを迎え……――
「な」
「あ」
彼を包んでいたはずのモヤがそこにはない。彼の姿が見える。艶やかな黒い髪に茶色の目。しなやかに伸びる手足は健康的な色で。 知っている。ヴァイルは彼を知っている。眠る寸前まで思っていた愛しいアノ人。
「レハト」
目を丸くしたレハトが、いつも彼がいる場所に立っている。
「へ?あ、ま、待て、これはあの夢か?普通の夢か?まさか占い師が……」
じりじりと後退りながら彼、否、レハトは言う。何故逃げるのかと問うと「言えない」と顔を真っ赤にして首を振った。
「君はこの夢をいつも見ているのか?」
レハトは赤くなったままヴァイルに尋ねる。ヴァイルが頷くと「そうか」と頻りに視線をさ迷わせる。
「なぁ、君はヴァイルだろう?なら、今までここにいたのもヴァイルか?」
ヴァイルがもう一度頷いてみせればレハトは苦笑を浮かべ、今度はなにかを考えるかのように指を顎に当て黙ってしまう。一方ヴァイルは気が気ではなかった。愛しくてたまらないと再確認したばかりのレハトが目の前にいるのだから。その上、今まで会っていた夢の中の彼がレハトかもしれない。久遠に共にいると誓ったあの子かもしれない。
吐きそうなほどに胸の鼓動が強くなる。頬が瞬く間に熱くなり、逆に指先が冷える。胸が詰まり息苦しくなって、喉に手を当て深く呼吸を繰り返す。焦点が上手く合わせずに世界がぐにゃぐにゃと蠢いて、目の前のレハトの姿も定かではない。目眩がして目を閉じて
「なぁ、大丈夫か?」
「うぁっ!」
ほんの目前で聞こえたレハトの声に仰け反る。「おっと」バランスを崩し後ろへふらつくヴァイルの手をレハトは掴み、そのまま引き寄せる。「危なかったな」笑いを含む声が耳元に聞き、ヴァイルは頬をさらに紅潮させた。
「あ、えと、レハト」
「ん?」
「本物?」
「それは私が聞きたいよ。何がどうなってるんだ」
ヴァイルの肩に顎を乗せ、半ばもたれ掛かるように立つレハトから漏れた溜め息がヴァイルの耳をくすぐる。むず痒さに体を捻ると「あぁ、すまない」レハトが体を離そうとヴァイルの背に回していた腕を解く。だが「やだ」今度はヴァイルがレハトの体を抱いた。
「う、ぇ、なん……?」
「嫌なの?」
「べ、別に嫌ではないけど!」
「じゃあ、このままでいてくれる?」
「わ、分かった」
答えたレハトは恐々と体の位置を戻し、そっとヴァイルの背に腕を回す。
「……、……」
「…………、……」
なんでこんな事になっているのだろう。
自分で行動を起こしておきながら、ヴァイル自身も困惑していた。レハトがこの場にいる事にまず驚いたし、緊張もした。次いで、もやもやとしたものが胸を押し潰し、目眩が起こって、気付けば愛しい人が自分と重なるように立っていて。
このままでいたいと思ったのかもしれない。もっと触れて、近くに、そばで、離れずに。
首を少し横にやれば甘い香油の匂いを含んだレハトの綺麗な黒髪と、そこからちらちらと見える形の良い耳と、ヴァイルが彼に贈った耳飾り。
「ずっと着けてるよね、それ」
「ん?」
「耳飾り」
気に入ったからと贈って以来ずっと身に付けている青い石のシンプルなもの。レハトに何の気もなくとも自分が贈ったものを着けているというのは嬉しいものだ。
「君も私のやつを着けてるな。互い違いのお揃いのやつだ」
「……うん、そうだった」
赤と青、2セットの耳飾り。元々はレハトは赤い石のもの、ヴァイルが青い石のものを持っていた。その片側ずつを交換して誰にも真似できぬ二人だけの揃いの装具にしたのは、レハトと特別の繋がりを手に入れたかったヴァイルの我儘から。
「二人でいなきゃ、ちゃんとしたものにならない」
レハトは言う。
「私たちもそうなのかもしれないな。ずっと、ずっと昔からの決め事。二人でいなきゃ完成しない」
「……」
「なんて、ふふっ、そんなこと言ったら迷惑か。すまんな、気にするな」
すっと離れたレハトの体。押し返される自分の体。開いた隙間に流れる生ぬるい空気。冷めてゆくのは心、褪めてゆくのは景色。――醒めてゆく夢。
光が二人の間に割り込み、周りが白に包まれる。「今日は早いな」と間延びしたレハトの声が白い光の向こう側で聞こえる。
いやだ、まだ駄目だ。言わなきゃ、今だ、いまこの場所で言わなきゃいけない事がある。
ずっと言いたかった彼への感謝をレハトに。うろ覚えで交わした神へ誓う約束と、望みと、問いと、言葉の意味と。――違う、そうじゃない。もっと簡単なことだ。
「っ!」
ヴァイルの体は意思より早く動いていた。二人を分かつ光の中へ飛び込み、腕を伸ばす。指先に触れた何かを確認もせずに掴むと、そのまま抱き寄せる。小さな悲鳴が鼓膜を揺する。
「あ――、ヴァイル?なん、え、ぁ、わっ」
ヴァイルが勢い良く抱き着いたせいで、掴まえた、否、捕まえたレハトはバランスを崩し、何度か建て直しかけたものの、そのままぺたんと尻餅をついてしまう。
「……」
光は消えていた。残るは目を丸くしたレハトと、そのレハトに跨がり得意気に笑うヴァイル。
「へへっ、レハト捕まえた」
ヴァイルはにっこりと笑ったまま、ぎゅうとレハトの体を抱き締める。
「あ、ヴァイル?ど、した……?なん、だ、えっと、なんで?」
状況を掴めていないのか、レハトは途切れた言葉でヴァイルに問う。ヴァイルは体を離し、少し考えて「まだ離れたくなかった」微笑みながら答える。
「あ、ぅぇ、その、ルール違反、じゃ、ないか?帰らなきゃ、だめ、かな、って」
彼の言う通り、今までずっと光が二人の間に差し込めば夢は終わり、目に飛び込んでくる明るい陽の光にむずがるのだ。だがヴァイルは「そんなの知らない」けろりと言ってみせた。
「知らないって、君、ずっとそうやって来たんだよ。なのに」
「誰が決めたのさ」
「誰って、えっと、神様……?」
「此処にいないし、駄目って言われた訳でもないじゃん」
「あ、ぅ、えと」
「それとも」
何とか言いくるめようとしている相手に対しての対処をヴァイルは知っている。ここまで動揺しているのなら尚更効果的だ。
ヴァイルは視線を下に落とし
「俺がここにいるのって迷惑?」
少しだけ目線を上げて相手を見やる。
「そんな事あるか!」
ほぅら、やっぱり。
ヴァイルは途端にんまりと笑い「だよなー」レハトの手を握った。レハトが「あ」謀られたと知るのに刹那も時間はかからなかった。
「うー」
はめられたのが悔しいのか、レハトは頬を赤らめ、じりじりとヴァイルを睨んでくる。当の策士はからからと笑いながらレハトの上から退散すると、そのすぐ隣に座り直した。
「こんなちっちゃい事を気にしてたら良い王様になれないよ、レハト」
「そんなちっちゃい事をしてる王様候補はどこの誰だ」
「え、わかんない」
「きーみーだーろー!」
顔を真っ赤にしてレハトはぺちぺちとヴァイルの足をはたく。笑いながら謝ればレハトは渋々といった様子で許しを与える。
「で、なんだ?離れたくないって、何かあったか?侍従頭にお説教されて泣いたのか?」
嘆息混じりにレハトに問われ、ヴァイルは自分の行動を顧みた。 感謝を伝えたいから?好きだと伝えたいから?約束の真意を問いたいから?色々な想いがあってレハトに行ってほしくなかったのは確かだが、何が一番の原因かと考えたところで何もわからない。ただ、まだ傍にいて話したいと思ったのだとレハトに言えば、彼は「わがままだな」と溜め息を吐く。
「でも」
レハトは一つ大きく息を吐くと、じっとヴァイルの目を見やり「私も君と一緒にいたいと思っていたよ」優しげに笑んだ。
「そ、そうなんだ?」
「そうだよ。まぁ、起きても君と会えるんだけど」
レハトはそう言って「あぁ、そうだ。これで」ぱちんと手を打つ。
「約束が果たせるな」
ずっとずっといっしょだ。
ふいに幼い頃のレハトの声がヴァイルの耳に響く。と同時に体温が一気に上がった。決して期待しないと誓ったというのに、ただ自分が想うだけにしようと決めたというのに、二人揃って歩む未来へ期待が膨らむ。駄目だ、やめておけと心が泣く。レハトならば大丈夫と心が笑う。
「ヴァイル」
レハトが名を呼んだ。びくりと体が跳ねる。
「こうやって夢でも、それから現実でも私達は会えたよ。私の言った通り、そうなるようになってたんだろうな」
言って、レハトはヴァイルの手を上から握り込んできた。体の熱がまた少し上がる。
「私が君を守るよ、君がちゃんと君でいられるように」
「……」
「だからもっと頑張るからな、君の近くにいられるように。どっちが王様になるにしろ優秀であれば一緒にいられるし」
耳が痛い。レハトの囁く声が鼓膜をびりびりと震わせる。
聞きたいのに聞きたくない。
そうだ、そうじゃない。
それがいい、それじゃない。
レハト。
レハト、レハト、レハトレハト。
もっと。
もっと近い場所があるんだ。
レハト、もっと傍へ来てよ。隣よりも、もっと近く、影が重なるくらいに近くに。誰も間に入れないように近く近く、命果てても空に添星になるように、誰よりも何よりも――
「ヴァイル」
「……ぁ」
「どした?泣いてるのか?」
眉根を寄せ心配げに覗き込むレハトと首を振る。いつものように繕うように笑いながら、嬉しいから声が出なかっただけだと言うと「うそくさいな」怪訝な目でヴァイルの目をじぃと見つめてくる。
嘘だ、と言おうか。レハトが欲しいと言ってしまおうか。
そんな事を考えて、心中で嘲笑う。
期待なんかしても無駄だ。彼は自分とは違う。彼は世界を知っているがゆえに多くのものを望むだろう。そして、それはたった一つの場所では足らぬという事。見ていれば分かる、彼は刺激を好む。
この短期間で彼は多くの人と交流を持った。社交場に出れば、彼は話題の中心にいた。その時の彼一番生き生きとしていた。
彼はきっと自分だけのものには出来ない。彼は、おそらくヴァイルが頼めば王配ともなるだろう。彼は自分に優しいのだから。だが、そんな事でレハトを隣に置いたとしても自己満足でしかない。
俺は
レハトに
愛されたいんだ。
「ねぇ、レハト」
賭けてみようか。
「ん?どうしたんだ?」
「湖に遊びに行こう」
「はァ?」
冗談混じりに。
「その時にショール返すし」
「あぁ、うん。――なんか急だな」
「いいじゃん」
「まぁ、いいけど」
戯れにほんの少しの本当を混ぜよう。
「じゃあ明日、湖に来てくれる?」
「うん、いいぞ」
誰かに期待するのは、これで最後だから。
「約束ね」
「うん」
レハト、レハト、レハト。
ごめんな、やっぱり俺はレハトが大好きなんだ。
1話目→http://akatukiya.blog.shinobi.jp/Entry/85/
前回( http://akatukiya.blog.shinobi.jp/Entry/91/)の続き。
最後の期待(ヴァイル×レハト)
もう一人の選定印持ちであるレハトが去った後、ヴァイルは彼が落としていったショールを手の中で遊ばせながら部屋へと戻っていた。レハトは何やら急いていたらしく、ショールを落としたと教えるヴァイルに
「明日僕が君の部屋に迎えにいくから、それまで預かっとけ!!」
と言い放ち、レハトは今まで見たことのない早さで走り去っていった。それほど侍従が怖いのだろうかと考えて、レハトの世話をする二人の侍従を思い出す。二人とも物腰は穏やかではあるが、レハトの事となればお付きの立場を越えたほどに優しく甘やかす。甘いが、また非常に厳しくもある。一昨日などヴァイルが彼を遊びに誘いに行った時など「レハト様は午後から立ち居振舞いの学習がありますので」と、事もあろうか王位継承権のあるヴァイルの首根っこをつかんで部屋から放り出した。一日くらいいいだろうと笑うレハトに「なりません」とぴしゃりと否定した老齢の男の目は非常に怖かったのをヴァイルは覚えている。
「……レハト、大丈夫かなぁ」
学習量二倍とかにされなければいいけど、と付け加え、悠々と彼は部屋へ戻る。部屋の前で彼の侍従がギラギラと怒りに目を光らせているのを見つけ、己も同じ境遇にあったことを思い出すが、時既に遅く。踵を返して逃げようとする彼を取り囲むは逃亡癖のあるヴァイルと戦いを繰り広げてきた強者揃いの部屋付き侍従。
たとえ神に選ばれし王候補者でも、これには「ごめんなさい」の言葉しか出せなかった。
ヴァイルのベッドに置かれているのはレハトのショール。レハトと会っていた事が知れれば、ヴァイルの侍従達はレハトに責を問うかもしれない。彼ら二人が悪戯に駆け回っている事は有名であるから「またか」で済むのかもしれないが、もしもの為の保険として懐にそっと隠しておいたのだ。
「…………」
ベッドに腰掛け、なんとなくショールを手に持つ。自分が持っているものと色違いのものだと気付き、お揃いだとヴァイルは頬を緩ませる。
「レハト、何してるかな」
まだ叱られていたりするのだろうか、それとももう寝てしまった?もしかしたら今の自分と同じように自分の事を考えていたり……
「ないない!そんなの無い!」
思い付いた甘やかな妄想にヴァイルは一人羞恥に悶絶した。柔らかな敷布に顔をうずめ手足をばたばたと振り回す。
そんな筈が無いと言いつつも期待している自分が嫌になる。現実とは自分が望んだ通りにならないのが当たり前で、ヴァイルもそれを何度も見知ってきた。痛い程に、軋む程に、何度も何度も繰り返した。ゆえに彼は誰にも期待しない。期待したところで叶わぬのはわかっているから。どうせ自分の後ろを見て優しい言葉をかけているのだから。
「でもレハトは」
他とは違うような気がしている。彼には自分を謀る意味がない、少なくともヴァイルには思い付かない。あの徴さえあれば高い位置に立つ事も出来る。そもそも彼は決して無能ではない――むしろ短期間での成長を見れば、彼が天才だということは火を見るより明らかである――のだから、望めばいくらでも好きな地位につけるだろう。ならば彼は自分に何を望む?彼が自分に望む、才を持ってしても辿り着けぬ場所は……
「王配……って、ちが、あ、そ、え、う、……ッッッ!」
今度は枕に頭を突っ込んで意味を成さない言葉を吐き出す。胸の辺りが緊張して、頭が熱くなって。
頭がくらくらした。うっすらと漂っていた睡魔が霧散して、残っているのは羞恥に目を逸らしたくなるほどに甘く蕩けるような未来への渇望。何度否定しようと、何度笑い飛ばそうと、その思考は彼の頭から洗い流せない。
「なんで……」
ふいに自分の右手が握っていたそれを思い出す。
「……」
レハトが身に付けていたそれをヴァイルは胸にぎゅうと抱く。彼の名を呼ぶと、胸の痛みが増したが、それでもヴァイルは彼の名を繰り返す。やがてヴァイルの口から漏れたのはレハトへの純粋な想い。
「ああ、そっか。そうだよな、うん」
ヴァイルは一人、誰も聞く事のない場所で
「レハト、好きだよ。だから」
お願いだから何処へも行かないで。
叶えるつもりのない望みを口にした。
夢を見た。物心付く前から見続けている不思議な夢。
夢の中でヴァイルはとある人間に出会う。うっすらとした霧のようなものに包まれた、おそらく同年代の少年。何度か名を聞こうとしたが、いざ夢の中に入るとその事はすっかり忘れている。夢の中では名がなくとも別段困りはしなかったものだから、そのうち名を聞こうと思うこともやめた。
二人で沢山話をした。現実であった事を話して、喜びと悲しみをお互いのものにした。寂しい夜には必ず彼は現れて、ヴァイルを抱き締めた。母が死んだ時も、父が海に出た日も、幼い頃から一緒にいた侍従が去った時も、老いた侍従がアネキウスの下に旅立った時も、彼はヴァイルと共にいた。
「やくそくしてやる。みんないなくなっても、ぼくはきみをひとりにしないぞ。ずっとずっといっしょだ」
互いの手を重ね、指を絡め「やくそくだからな」顔を真っ赤にして幼い彼は言い、二人は共に在ることを神に誓った。
時を経て、彼は自分と同じように成長していく。次第に話す事も限られてきて始終二人でぼんやりとしていても、彼と共にいる事は心地が良かった。何も考える必要もなく隣にいられた。幼馴染みであり、親友であり、また絶対の味方。彼が何者でも良かった。たとえ自分の妄想でも。
「……久しぶり」
そして今日も彼はヴァイルを待っていた。会わなくなってもうすぐ1年になろうかという時点での再会にヴァイルは戸惑う。
何故彼に今会うのだろう?自分は十分に満たされている。いつも不安な時に現れるというのに。
「あぁ、久しぶり。こんなに会わなかったのは初めてだな」
うっすら光る紋章が刻まれた石板を足元に置き、黒髪を揺らし、彼は笑顔でヴァイルを迎え……――
「な」
「あ」
彼を包んでいたはずのモヤがそこにはない。彼の姿が見える。艶やかな黒い髪に茶色の目。しなやかに伸びる手足は健康的な色で。 知っている。ヴァイルは彼を知っている。眠る寸前まで思っていた愛しいアノ人。
「レハト」
目を丸くしたレハトが、いつも彼がいる場所に立っている。
「へ?あ、ま、待て、これはあの夢か?普通の夢か?まさか占い師が……」
じりじりと後退りながら彼、否、レハトは言う。何故逃げるのかと問うと「言えない」と顔を真っ赤にして首を振った。
「君はこの夢をいつも見ているのか?」
レハトは赤くなったままヴァイルに尋ねる。ヴァイルが頷くと「そうか」と頻りに視線をさ迷わせる。
「なぁ、君はヴァイルだろう?なら、今までここにいたのもヴァイルか?」
ヴァイルがもう一度頷いてみせればレハトは苦笑を浮かべ、今度はなにかを考えるかのように指を顎に当て黙ってしまう。一方ヴァイルは気が気ではなかった。愛しくてたまらないと再確認したばかりのレハトが目の前にいるのだから。その上、今まで会っていた夢の中の彼がレハトかもしれない。久遠に共にいると誓ったあの子かもしれない。
吐きそうなほどに胸の鼓動が強くなる。頬が瞬く間に熱くなり、逆に指先が冷える。胸が詰まり息苦しくなって、喉に手を当て深く呼吸を繰り返す。焦点が上手く合わせずに世界がぐにゃぐにゃと蠢いて、目の前のレハトの姿も定かではない。目眩がして目を閉じて
「なぁ、大丈夫か?」
「うぁっ!」
ほんの目前で聞こえたレハトの声に仰け反る。「おっと」バランスを崩し後ろへふらつくヴァイルの手をレハトは掴み、そのまま引き寄せる。「危なかったな」笑いを含む声が耳元に聞き、ヴァイルは頬をさらに紅潮させた。
「あ、えと、レハト」
「ん?」
「本物?」
「それは私が聞きたいよ。何がどうなってるんだ」
ヴァイルの肩に顎を乗せ、半ばもたれ掛かるように立つレハトから漏れた溜め息がヴァイルの耳をくすぐる。むず痒さに体を捻ると「あぁ、すまない」レハトが体を離そうとヴァイルの背に回していた腕を解く。だが「やだ」今度はヴァイルがレハトの体を抱いた。
「う、ぇ、なん……?」
「嫌なの?」
「べ、別に嫌ではないけど!」
「じゃあ、このままでいてくれる?」
「わ、分かった」
答えたレハトは恐々と体の位置を戻し、そっとヴァイルの背に腕を回す。
「……、……」
「…………、……」
なんでこんな事になっているのだろう。
自分で行動を起こしておきながら、ヴァイル自身も困惑していた。レハトがこの場にいる事にまず驚いたし、緊張もした。次いで、もやもやとしたものが胸を押し潰し、目眩が起こって、気付けば愛しい人が自分と重なるように立っていて。
このままでいたいと思ったのかもしれない。もっと触れて、近くに、そばで、離れずに。
首を少し横にやれば甘い香油の匂いを含んだレハトの綺麗な黒髪と、そこからちらちらと見える形の良い耳と、ヴァイルが彼に贈った耳飾り。
「ずっと着けてるよね、それ」
「ん?」
「耳飾り」
気に入ったからと贈って以来ずっと身に付けている青い石のシンプルなもの。レハトに何の気もなくとも自分が贈ったものを着けているというのは嬉しいものだ。
「君も私のやつを着けてるな。互い違いのお揃いのやつだ」
「……うん、そうだった」
赤と青、2セットの耳飾り。元々はレハトは赤い石のもの、ヴァイルが青い石のものを持っていた。その片側ずつを交換して誰にも真似できぬ二人だけの揃いの装具にしたのは、レハトと特別の繋がりを手に入れたかったヴァイルの我儘から。
「二人でいなきゃ、ちゃんとしたものにならない」
レハトは言う。
「私たちもそうなのかもしれないな。ずっと、ずっと昔からの決め事。二人でいなきゃ完成しない」
「……」
「なんて、ふふっ、そんなこと言ったら迷惑か。すまんな、気にするな」
すっと離れたレハトの体。押し返される自分の体。開いた隙間に流れる生ぬるい空気。冷めてゆくのは心、褪めてゆくのは景色。――醒めてゆく夢。
光が二人の間に割り込み、周りが白に包まれる。「今日は早いな」と間延びしたレハトの声が白い光の向こう側で聞こえる。
いやだ、まだ駄目だ。言わなきゃ、今だ、いまこの場所で言わなきゃいけない事がある。
ずっと言いたかった彼への感謝をレハトに。うろ覚えで交わした神へ誓う約束と、望みと、問いと、言葉の意味と。――違う、そうじゃない。もっと簡単なことだ。
「っ!」
ヴァイルの体は意思より早く動いていた。二人を分かつ光の中へ飛び込み、腕を伸ばす。指先に触れた何かを確認もせずに掴むと、そのまま抱き寄せる。小さな悲鳴が鼓膜を揺する。
「あ――、ヴァイル?なん、え、ぁ、わっ」
ヴァイルが勢い良く抱き着いたせいで、掴まえた、否、捕まえたレハトはバランスを崩し、何度か建て直しかけたものの、そのままぺたんと尻餅をついてしまう。
「……」
光は消えていた。残るは目を丸くしたレハトと、そのレハトに跨がり得意気に笑うヴァイル。
「へへっ、レハト捕まえた」
ヴァイルはにっこりと笑ったまま、ぎゅうとレハトの体を抱き締める。
「あ、ヴァイル?ど、した……?なん、だ、えっと、なんで?」
状況を掴めていないのか、レハトは途切れた言葉でヴァイルに問う。ヴァイルは体を離し、少し考えて「まだ離れたくなかった」微笑みながら答える。
「あ、ぅぇ、その、ルール違反、じゃ、ないか?帰らなきゃ、だめ、かな、って」
彼の言う通り、今までずっと光が二人の間に差し込めば夢は終わり、目に飛び込んでくる明るい陽の光にむずがるのだ。だがヴァイルは「そんなの知らない」けろりと言ってみせた。
「知らないって、君、ずっとそうやって来たんだよ。なのに」
「誰が決めたのさ」
「誰って、えっと、神様……?」
「此処にいないし、駄目って言われた訳でもないじゃん」
「あ、ぅ、えと」
「それとも」
何とか言いくるめようとしている相手に対しての対処をヴァイルは知っている。ここまで動揺しているのなら尚更効果的だ。
ヴァイルは視線を下に落とし
「俺がここにいるのって迷惑?」
少しだけ目線を上げて相手を見やる。
「そんな事あるか!」
ほぅら、やっぱり。
ヴァイルは途端にんまりと笑い「だよなー」レハトの手を握った。レハトが「あ」謀られたと知るのに刹那も時間はかからなかった。
「うー」
はめられたのが悔しいのか、レハトは頬を赤らめ、じりじりとヴァイルを睨んでくる。当の策士はからからと笑いながらレハトの上から退散すると、そのすぐ隣に座り直した。
「こんなちっちゃい事を気にしてたら良い王様になれないよ、レハト」
「そんなちっちゃい事をしてる王様候補はどこの誰だ」
「え、わかんない」
「きーみーだーろー!」
顔を真っ赤にしてレハトはぺちぺちとヴァイルの足をはたく。笑いながら謝ればレハトは渋々といった様子で許しを与える。
「で、なんだ?離れたくないって、何かあったか?侍従頭にお説教されて泣いたのか?」
嘆息混じりにレハトに問われ、ヴァイルは自分の行動を顧みた。 感謝を伝えたいから?好きだと伝えたいから?約束の真意を問いたいから?色々な想いがあってレハトに行ってほしくなかったのは確かだが、何が一番の原因かと考えたところで何もわからない。ただ、まだ傍にいて話したいと思ったのだとレハトに言えば、彼は「わがままだな」と溜め息を吐く。
「でも」
レハトは一つ大きく息を吐くと、じっとヴァイルの目を見やり「私も君と一緒にいたいと思っていたよ」優しげに笑んだ。
「そ、そうなんだ?」
「そうだよ。まぁ、起きても君と会えるんだけど」
レハトはそう言って「あぁ、そうだ。これで」ぱちんと手を打つ。
「約束が果たせるな」
ずっとずっといっしょだ。
ふいに幼い頃のレハトの声がヴァイルの耳に響く。と同時に体温が一気に上がった。決して期待しないと誓ったというのに、ただ自分が想うだけにしようと決めたというのに、二人揃って歩む未来へ期待が膨らむ。駄目だ、やめておけと心が泣く。レハトならば大丈夫と心が笑う。
「ヴァイル」
レハトが名を呼んだ。びくりと体が跳ねる。
「こうやって夢でも、それから現実でも私達は会えたよ。私の言った通り、そうなるようになってたんだろうな」
言って、レハトはヴァイルの手を上から握り込んできた。体の熱がまた少し上がる。
「私が君を守るよ、君がちゃんと君でいられるように」
「……」
「だからもっと頑張るからな、君の近くにいられるように。どっちが王様になるにしろ優秀であれば一緒にいられるし」
耳が痛い。レハトの囁く声が鼓膜をびりびりと震わせる。
聞きたいのに聞きたくない。
そうだ、そうじゃない。
それがいい、それじゃない。
レハト。
レハト、レハト、レハトレハト。
もっと。
もっと近い場所があるんだ。
レハト、もっと傍へ来てよ。隣よりも、もっと近く、影が重なるくらいに近くに。誰も間に入れないように近く近く、命果てても空に添星になるように、誰よりも何よりも――
「ヴァイル」
「……ぁ」
「どした?泣いてるのか?」
眉根を寄せ心配げに覗き込むレハトと首を振る。いつものように繕うように笑いながら、嬉しいから声が出なかっただけだと言うと「うそくさいな」怪訝な目でヴァイルの目をじぃと見つめてくる。
嘘だ、と言おうか。レハトが欲しいと言ってしまおうか。
そんな事を考えて、心中で嘲笑う。
期待なんかしても無駄だ。彼は自分とは違う。彼は世界を知っているがゆえに多くのものを望むだろう。そして、それはたった一つの場所では足らぬという事。見ていれば分かる、彼は刺激を好む。
この短期間で彼は多くの人と交流を持った。社交場に出れば、彼は話題の中心にいた。その時の彼一番生き生きとしていた。
彼はきっと自分だけのものには出来ない。彼は、おそらくヴァイルが頼めば王配ともなるだろう。彼は自分に優しいのだから。だが、そんな事でレハトを隣に置いたとしても自己満足でしかない。
俺は
レハトに
愛されたいんだ。
「ねぇ、レハト」
賭けてみようか。
「ん?どうしたんだ?」
「湖に遊びに行こう」
「はァ?」
冗談混じりに。
「その時にショール返すし」
「あぁ、うん。――なんか急だな」
「いいじゃん」
「まぁ、いいけど」
戯れにほんの少しの本当を混ぜよう。
「じゃあ明日、湖に来てくれる?」
「うん、いいぞ」
誰かに期待するのは、これで最後だから。
「約束ね」
「うん」
レハト、レハト、レハト。
ごめんな、やっぱり俺はレハトが大好きなんだ。
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