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ちらしの裏側に書くようなどうでもいい事を書き綴る場所。 そして同意者を得たい、そんな人。
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雨を見ると彼がまた一人で泣いていないかと不安になる。

不安になって屋上を覗いて、彼がいないのを見ると一安心。

私は彼の雨除けになれたんだって、ちょっと独り善がりの帰り道に彼を遊びに誘う。

今日はどこへいこう。
明日はどこへいこう。
君と一緒ならどこでも、どこまでも、いつまでも。



「雨の次」 1
ヴァイル×レハト
約束→告白済み後。「愛する人は心も近く」状態。


(前の文とは関係無いおはなしです。
前のは気が向いたら完結させます。)


 雨の日が続いた後の晴れは気分がいい。濡れた黄緑の新芽がやたら綺麗だったり、花の上に乗った雨の名残が太陽に照らされてキラキラしてたり、空気が少しひんやりしていて気持ちよかったり。
だが足元はあまり具合が宜しくない。降り続いたアネキウスの恵みを受けきれなかった土はどろどろ、ところどころ水溜まりが出来てしまっている。それに目を瞑れば短い草葉についた滴が宝石みたいに光っていて綺麗なんだけどね。
「やっぱり今日は誰もいないな」
私はそう独り言ちて中庭を歩く。雨によって中庭は泥濘だらけだ。元々人が集まる場所ではない上にそんな有り様だから、私が散歩で訪れた時は全く人気が無かった。私は中庭を独占した気分になって勇み足で、けれど水溜まりに気を付けながら中庭の奥、つまり森へ突入する。まばらな木々の横を通りすぎ木々の密集する奥へと歩く。ゆっくりと湿気と森の香り――カビの匂いだと学んだけど、そんなの風情がなくてつまらない――が私を包んでゆくのを感じながら奥へ奥へ。
城の生活に慣れたものの、やっぱり私は村の子だから、こういう自然の中っていうのは凄く落ち着く。だから雨上がりの散歩をよく決行するのだけど、今日はさすがに止めた方がよかったかもしれないと、茶褐色に濁る巨大な水溜まりを前にして呟く。もしかしたらずっとこの調子で、足の踏み場に悩むくらいの泥濘が待っているのかもしれない。
「帰ろうかな……」
服を汚しすぎたらローニカとサニャが困るし。「よし、帰るか」うんと一つ頷いて体を捻って一歩踏み出
「レーハートッ!」
知った声が聞こえて体に衝撃。不安定な体勢だった私にはその突然の衝撃、というかヴァイルの突進を受け止められる筈が無い。あぁ、結局服を汚すのか。ごめんな、二人とも。
ばちゃんと実に賑やかな音を立てながら私とヴァイルは絡み合うように一塊になって泥水へ着水した。水溜まりは、すり鉢状になっていたらしく、座った状態で腹のあたりにまで水が来ていた。といっても見えた訳じゃないけど。
「うわうわうわ!ごっ、ごめ、大丈夫!?」
慌てふためくヴァイルの声を間近で聞きながら、私は目を閉じたままヴァイルに向かってぺしぺしと攻撃する。
「だいじょぶじゃないよ、馬鹿っ!くそ、目に泥が入った……」
いたい、めちゃくちゃいたい。絶対小石が目に入ってるぞ、これは。「っ、っ、いたい、とれない」ごしごし目を擦って何とかしようとするのだけど、全然痛いのが治らない。異物の侵入に目が涙を作って追い出そうとしているみたいだけど、全く効果が挙がらない。いたい、すごくいたい。
「擦っちゃ駄目だって!目に傷出来るから!」
目を擦る手を掴まれる。そんなの解ってはいるけど
「でも痛いんだよっ」
仕方ないだろう、取れなきゃ動けないのだから。
「医者先生トコ行こう!すぐ何とかしてれるからもう触るの止めて!」
「見えない状態で歩ける訳ないだろう。ま、ほっとけば治るさ。ヴァイルは先に帰れ。君もずぶ濡れだろう?風邪引いたら大変だ」
「レハトは……っ!あああもぉーいい!!」
「あぁ、もういい。怒ってないから帰……うん、なんだ?」
放された手。けれどすぐに今度は、ええと、膝の下に腕を通された、でいいのかな。胸辺りで「こっち持って」とヴァイルが言って、私は腕を取られ持ち上げられる。んん?なんだ?
「もっと、しがみついて」
「あぁ、わかった」
ヴァイルは私を抱き上げようとしているらしい。私がヴァイルの首に腕を回し、一方ヴァイルは私の膝に腕を通して、背中に手を充て、そのまま持ち上げる。つまりお姫様抱っことかいう奴だな。
「無理だよ」
「無理じゃない、俺は強いんだから。レハトだって知ってるでしょ、御前試合で敗けたんだから」
「敗けを強調するな、このやろう」
まぁ、連れてってくれるという意思は有難い。が、気持ちだけ受け止めるに留めたいところだ。自分より小さいならまだしも、同体格の人間を持ち上げるのは難しいに決まってる。それにヴァイルが私に打ち勝ったからといって、彼の場合は力が強いというのではない。どちらかといえば私の方が強い。彼のは力より技であり、また間の詰め方、相手の機微を読み取り先手を打つことだ。よって、この運搬は無理に無理なのだ。万が一出来たとしてもそれは多大な疲労をもってして得た成功であり、私としてはヴァイルにそんな事はしてほしくない。
「いい、いらん、離せ」
ヴァイルによってしがみつかされていた腕を下ろ
「よっと」
「なっ、ちょ、落ち……くそ、この我儘寵愛者!!」
「わはは、どうとでも言えー」
離そうとした瞬間にひょいと持ち上げらた。結果、私は反射的に落ちまいとしがみつき、まんまとヴァイルの思惑通りの体勢になった
「よーし、行くぞー」
「なあ、背中からおぶった方が楽だぞ」
「やだ。こっちのがロマンがあるじゃん」
これのどこがロマンってなんだと言えば、歩き始めたヴァイルは「まだレハトにはわかんないって」とクスクスと笑う。「まだって何だ?」「まだは、まだ」「意味が分からん」なんだか隠し事をされている気分だ。
「ま、すぐ着くけどごゆっくり」
早くも息の上がり始めたヴァイルはそう言って歩みを早め始める。風を頬に感じながらヴァイルの荒い息を近くに聞く。運ばれるだけの私の出来る事といったら、せいぜい彼に引っ付いて重心を重ねることぐらいだ。
やがて足音が水気を含むものから、擦るような音に変わる。どうやら森を抜けたらしい。
「城に着いたのか?」
「うん、もうちょいだから我慢な」
「そうか、ありがとう」
「俺は、えっと、ごめん」
「いいよ、許す」
手探りで空いている手を使ってヴァイルの頬を撫でると「くすぐったいよ」くすくすと笑う。
「目が治ったら、改めて何処かに遊びにいこう」
「んー、じゃあ何処行く?」
「君と一緒なら何処へでも」
「丸投げ?」
「君となら何をしても楽しいんだよ」
「なにそれ」
分かってるくせに。
そう言ってやるとヴァイルは「知らない!」慌てたように早足を更に早めた。まったく、可愛い奴だな。
ばたばたと大袈裟なくらいの足音を立てながら進むヴァイルに引っ付きながら「好きだよ」と耳元で囁いてやれば、声にならない叫び声を上げる。目が見えてたらとびきり面白い顔を見れたのになぁ、本当に残念だ。
「もうっ、レハトはしばらく黙ってろっ」
「はいはい、からかって悪かったよ」
「またやったら置いてくから!」
出来ないくせに、と言いかけて口をきゅっと閉める。いかんいかん、つい可愛いからって遊びすぎだな。
ヴァイルは速度を保ったまま廊下を走る。途中で誰にも会わなかったらしいのが奇跡で、僥幸だ。誰かにこんな姿を見られたら悲鳴をあげられるか、捕まるか、または何もされないにしても妙な噂は立つだろう。なんにしても私達は無事に目的の場所へ辿り着いた。
ギ、と扉の軋む音に私は顔を上げる。
「医者先生、腕は悪くないから。煩いし痛いけど」
私が顔を上げたのを不安からだと思ったらしく、ヴァイルは大丈夫だと言う。私としては君の言った後半部分に不安を感じるんだけどな。というか、そもそも私は別に医者先生とやらに掛からなくてもいいんじゃないだろうか。口ぶりからするとヴァイルの主治医だろうし。
私が黙ったのを安心と取ったかどうかはさておき、ヴァイルが扉を開く。ぎぎぎと断続的な軋み。そして一歩進んだらしい体の揺れを感じ。
刹那、彼と私の名を呼ぶ悲鳴染みた声が耳を突く。それから騒々しい足音が左右から近付いてくる。まぁ、そうだよな、寵愛者二人が泥まみれで、疲労困憊の体の一人が、涙をボロボロ流す――これは遠目では解らないかもしれないけど――もう一人を抱えてやってきたのだから。
「ヴァイル様、いがなさいましたか」
「あ、医者先生」
がやがやとした中で妙に冷えきった声が頭上から降ってくる。
「遊んでたら水溜まりの中に転んじゃってさ、レハトの目に砂利が入ったみたいだから取ってやって」
「それは他の者にさせますので、ヴァイル様のお怪我を拝見させて頂きます」
「俺に怪我は無いよ、レハトだけ。俺がやっちゃった事だし医者先生はレハトを何とかしてやってよ。あんたの腕ならすぐでしょ」
「しかし私はあなたの」
「俺の言う事聞けないの?」
「……、わかりました。では、その方をこちらへお渡しいただけますか」
「いいよ、連れてく。何処にいけばいいの?」
「…………、こちらです」
「わかった」
…………――――――。
なんというか、これは、そうだな、ヴァイルは要らん事をしてるな。別に私は黙ってて聞いていたかったのではない。ただ、医者先生とやらからの敵意を一身に受けて動けなくなっていただけだ。少しでも動けば首をかっ切られるのではないかと思った。目が逸らされたのか、奴からの敵意は薄くなり私は慌ててヴァイルの首にかけていた腕に力を込めて身を寄せる。
「ん?なに?」
「こわい」
「大丈夫だって。すぐ済むから」
「……あぁ」
どうやら彼は気付いていないらしい。というか、たぶん
「こちらにお願、いします」
奴の声が途中でつっかえたのは、おそらく私達を見たせい。私がヴァイルにぴたりと身を寄せているせい。――つまり奴はヴァイルに特別な想いでも寄せているのだろうと邪推してみる。私達は普段から二人でうろついたり、手を握ったり、引っ付いたりもしている訳で、然程驚く事はないはずだし。
「レハト、下ろすぞ」
「あぁ、うん」
ヴァイルは私をそっと丁寧に床へ立たせ、それから私の手を取る。掴まれた手は引かれ、そして指先に固い物が当たった。「椅子。自分で座れる?」「うん、大丈夫」手で形を探り、そろそろと腰を落とす。
目の前でがちゃがちゃと音がして、少し痛みが引いた右目をそろりと開けば、いかにも神経の細そうな男が前に立って何かの瓶をいくつか机に並べていた。目が合うと軽く会釈されるが、どうにも仲良くなれそうにない雰囲気である。
「お初にお目にかかります、レハト様。ヴァイル様の部屋医をしておりますテエロでございます、以後お見知りおきを」
「は、ぁ、うん、宜しく」
「では早速失礼して」
奴、テエロの手が伸ばされ、反射的に体を引く。だが、彼は怯む事無く私の頬に触れ、そして瞼を持ち上げた。……――目を潰されやしないだろうかと思ったが、普段ヴァイルの部屋医をしているだけあって、その動きには無駄が無い。目の下に布を当て、細い管のようなものがついた瓶から真水を目の中へそろそろと落とし、砂利を洗い流す。物凄く痛いのだが、暴れたところでどうしようもないので、我慢する。やがて、長かったそれも済むと薬だと言って両目に2 滴ずつ薄い緑色の滴を落とされた。これがまた酷く滲みるるものだから、しばらく悶絶。
「しばらくそのまま目を開かぬように」
冷めたテエロの声を背後に聞きながら、私はうんうんと頷く。後ろでは、どうやらヴァイルに怪我がないかを調べているらしい。そんなの無いと言い張るヴァイルと、それでもと粘るテエロ。長い押し問答の末に勝利したのはテエロ。しばらく二人で何処かに行っていたが――その間にも私は痛みに身じろぎすら取れずにいた、情けない――戻ってきたヴァイルは「ほら、無かったでしょ」と少し疲れた顔で戻ってきた。私と目が合うと、ぱっと笑顔になり「レハト!」駆け寄ってくる。
「もう目痛くない?大丈夫?」
「痛くないよ、ちゃんと見える」
「ホント?」
ヴァイルは私の顔を両手で挟み込んで、じっと私の顔を見つめる。負けじとヴァイルの緑の目を見返せば、彼は手を放し、ほぅ、と息を吐く。
「レハトの目が見えなくなったらどうしようと思った。……ありがと、先生」
「いえ、私は医師としての仕事をこなしただけですから」
ヴァイルが振り向き感謝を言えば、控える長身の男が首を振る。さっきはあまりハッキリ見えなかったが、これがテエロという部屋医なんだろうな。なんていうか神経質を形にしたような男だ。長身で、細身。髪はオールバック。薄い眉の下の細い目はヴァイルを見ながらも私を睨んでいるように見える。


続く

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