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ちらしの裏側に書くようなどうでもいい事を書き綴る場所。 そして同意者を得たい、そんな人。
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そんなの違うったら違う。
きっと気のせい、ではないと思うけど、でも、たぶん、たぶん違う。
だって私たちは友達、だ。




「見知らぬソレを素直に認められなかった夜」
ヴァイル×レハト(レハト×ヴァイル)


 母さんが死んだ時の夢を見た。
「あ」
あの時、漏れた声はきっとわたしのものだ。風に連れていかれる彼女を茫然と見つめる私を見つめ返す母の顔はなんだか少し笑っていたような気がする。
「かぁさん」
飛び起きたベッドで、私は震える。さむい、さむいな、今日は。
「かあさん……」
母さん、私は何をしたらよいのですか?母さん、あなたは私に何を思っていましたか?
「あ、あ、あぁ」
――――私は、強い。だから泣かないよ。泣かないんだ。
頬をぺちりと叩き、なんとはなしベッドから降りてベランダに続く窓へと向かう。日差し避けの布を少しだけ開くと、ぼんやりと薄雲がかかった夜の空が見えた。
ああ、母が死んだ夜もこんな風に薄い雲がながれていたな。
「みんな元気だろうか」
ふいに口をついて出た言葉に自分で驚く。ははっ、小さな子供じゃあるまいし故郷が懐かしいというのか。馬鹿め、この私がよもやそんな弱々しい考えを……
「あー、だめだな、少し頭を冷やしにいくか」
ローニカとサニャは席を外しているらしく、外へと続く扉を開く私を咎める者はいない。とはいっても二人が戻ってきた時に私がいないとなれば心配されるだろうから早く帰ってこなくては。
「いってきます」
壁の鈎にかけていたショールを羽織ると、誰もいない部屋に向かって私は告げ、そっと分厚い扉を閉めた。




地上を照らす星明かりを頼りに私はぶらぶらと歩く。時間はいまいち分からないが、だいぶ夜が更けているらしく何処にも人は見えない。――衛士が巡回してるとは思うけど。
日が高い時は煩いと思えるほどに賑わっている王城を知っているだけに、こうも静かだと不気味にすら思える。
「ま、静かなのは嫌いじゃないからな」
村にいた時はいつもこれくらい静かだったし、煩いよりはずっといい。とはいっても、村では土豚や鳥の鳴き声は朝夕関わらずずっと聞こえてたけど。
鼻歌混じりに、ゆっくりとした足取りで無人の回廊を歩く。回廊を過ぎて中庭へ。中庭を過ぎて広間。広間を覗いて、また中庭へ。埃が混じらない空気をゆっくり吸ったり吐いたりして、熱を帯びた思考を落ち着かせる。
「……ふぅ」
中庭に置かれた石のベンチに腰を掛け息を吐く。少し歩きすぎたのか、足の裏が少し痺れている。時間もだいぶ経った気がするし、そろそろ帰らないと怒られてしまうな。
「レハト」
「うわ!」
背後からの声に私は肩をすくませる。あぁ、誰だ、誰に見つかったんだ。場合によっては陛下に告げ口されて怒られてしまうぞ。場合によって、というか、タナッセ、だけど。
恐る恐る振り向くと
「あ、やっぱりレハトだ。やっほー」
にっこりと笑って手を振る王候補様。
「ヴァイル?なにやってるんだ?」
「そっちこそ」
「私は、あー……夜の散歩だ。洒落ているだろう?」
「……ふーん」
ヴァイルはちらちらと周りを見ながら、私の隣に座る。
「侍従無しで夜の散歩なんだ?危ないと思うけどなー」
くすくすと私の顔を覗き込む彼は魔物の首をとったかのように得意気だ。ああ、はいはい、君はいつも的確で、それでいて手加減のない指摘をくれるよな。
だが。
「君こそ誰もつけずに此処にいるじゃないか」
この返しでどうだ。彼は「ん?」少し首をかしげ、何を思ったかにんまりと笑って
「俺はいいよ、自分の身くらい守れるし」
「あ、わ、私だって弱くないぞ」
「ふーん、じゃあもっかい勝負する?」
「なっ!?い、いやだ!ぜ、絶対に嫌だぞ!君のせいで一日寝込んだんだからな!」
君は手加減を知らないのかと唇を尖らせれば、そんなの勝負じゃないでしょとヴァイルはけたけたと笑う。
「でっ?君は何しに来たんだよ、まさか私をからかいに来たのではないだろうね」
「レハトは?」
「は、え?あ、あぁ、私は、まぁ、なんだ。夢見が悪かったから気分転換にな」
で、君はどうなんだと問うと「レハトを見つけたから面白いことがあるかなと思って」だそうだ。きっと彼は私を玩具が何かと間違えている。
「どんな夢だった?」
「おいおい、フツーそれを聞くか?」
「うん、聞く聞く」
さすが次期王様候補、遠慮を知らない。特に隠したいわけでもないし夢のこと、ひいては母の事を話すと、ヴァイルは笑顔を消し、私の話をじっと聞いている。話を終えても彼は目を細めたまま何も言わず、じっと私の顔を見つめている。
「ヴァイル」
声をかければ、そこでやっとヴァイルが我に返ったように身動ぎをした。「なあ、大丈夫か?」そういえば彼も幼い頃に両親を亡くしたのだったな。ああ、くそ、不用意なことを言ったか。
「レハト」
「ん、なんだ?」
「レハトってさ……――」
ヴァイルは言いかけて、けれどかぶりを振って「やっぱいいや」いつものように無邪気な笑みを浮かべた。
「おい、待て。そんな不自然な笑い方されて私が気にしないと思うのか」
ヴァイルをじっと睨み付けても、やはり彼はへらへらと笑って「なんでもないんだって」と逃れようとする。それどころか短く別れを言ってひょいと椅子から立ち上がり背を向けた。「こら、待て」慌てて私も立ち上がって、足早に去るヴァイルを追いかけその手を握った。一瞬振りほどこうとしたのか引っ張られはしたが、その力も徐々に失われ、だらりと力無く下げられる。
「謝るから逃げるのはやめてくれ」
「なんでレハトが謝るのさ」
「……、だって」
「あぁ、俺に親がいないから?死んだから?あはは、気にしなくていいよ。もうずっと昔だし」
背中を向けたまま、彼は肩を揺らし笑う。なぁ、なんでこっち見ないんだよ。
「……」
「……どうしたんだ?」
「……っ、あ、その、ちょっと聞いていい?」
「あぁ、なんだ?」 
「うん、えっと……」
少しだけ汗ばんできた繋がれたままの手をヴァイルが握り返してくる。同じように少し強めに握り返す。
「レハト……、レハト、は……、ひとりになった時、寂しかった?」
上ずった声で彼は私に問いかける。私は「寂しかった」答える。
「私の生活は母あってこそだ。優しくしてくれる人達がいるとはいえ、私の家には私以外誰もいなくなるんだからな」
誰の声も聞こえない部屋、動かない空気、私が使うことのない母の愛用品達を集めて小箱に詰めた時の非現実感。あの苦しみと虚無感、疲労感はきっと生涯忘れることはないんだろう。
「ねぇ、レハト」
「ん?」
彼はゆっくりとこちらに振り向く。その顔に浮かぶ表情は微笑。でも、なんだか辛そうに見えて――あぁ、うん、そうか。
「ここにいるのは嫌じゃない?ここには今までのレハトを知ってる奴はいないし、……、ここはきっとアンタがいた村以上に孤独にさせるよ」
君はそういう目をする奴だった。口元に笑みを浮かべて目を細め、お行儀良く綺麗に微笑んで、見本通りに優雅に笑んで。なのに心はちっとも楽しくないんだろ?相手の真意を知ろうって、じぃっと目の動きを見てるんだろ?私はいつだって君に正直だって何度も教えてるってのになぁ、なんで私にまでそんな目をするんだよ。
だから私は
「何言ってるんだ、ここは私の家だぞ」
口角をあげて、ヴァイルの目を見つめ返す。途端に細められた目がぱっと開く。「え?」唇から漏れた声には驚きか、または焦りか。
私は続ける。
「しかも家には沢山人がすんでいる、つまりこれって家族だよな?ははっ、大家族だ。こんなにいたら孤独になんてなりはしないよ。多少嫌味をいう奴はいるけど、ここは私の、帰りたい場所なんだよ。悪く言わないで欲しいもんだ」
私が愛した母に代わる人はいないけど、それでも此処に住まう彼らは愛すべき人々だ。時には利用しようと近づく奴もいるが、中には本当に私を心配してくれたり優しくしてくれたり、眠れぬ私の頭を撫でてくれる人もいる。
あのからっぽになった家、誰も迎えてくれない家ではない。ただいま、に、おかえりなさいと返してくれる私の家が此処だ。あの村が嫌いな訳じゃないけど、私があの場所にいれば、きっとまだぼぅっと過ごしていただろう。
それを癒してくれたのは他ならぬ、この城。私の家。
まばたきを繰り返すヴァイルにそれを伝えると「なんで」ぽつりと漏らす。
「なんでそんなに前向いてられるかわかんない」
呆れたような、感心したような顔で呟く。
「悲しくなかった?」
彼はかすれた声で問う。
「もちろん悲しかった。今も悲しいから夢を見たんだろう」
でも。
「悲しいって思うよりも、楽しいって思う方が強いから平気だ。――君といて、とても楽しいよ」
私が笑ってみせるとヴァイルも「そっか」今度はちゃんと普通に笑った。
「たのしい、うん、楽しいのか。よかった」
確かめるように、何度も言葉を繰り返す様は、いつもの自信に溢れた彼からは全く想像もつかないくらい弱々しい。だから少しだけ、少しだけ胸がきりきりした。たぶん、そう、たぶん子供を守りたいって思う時の愛しさと同じだと思う。だから、その、なんか、そういうのじゃない。
「あー、あのさ、ヴァイル、わた……私、そろそろ戻らなきゃいけないんだ。こっそり抜けてきて、あ、だから、だ、だ、から、だから、その、また明日あそぼーな?」
「……?うん、また明日。明日、絶対ね」
しどろもどろになってしまった私を彼は首をかしげ、けれど満面の笑みで手を振る。おやすみ、と挨拶を交わし、歩き出そうとして「ん」ずっと手を繋いだままだったのに気付く。
「っあぁぁぁごごごごごめんごめんごめんな!」
指を開いて彼の手を離すも、しばらく彼はキョトンとしたままで「あぁ」彼が私の手を放したのは少ししてから。
「レハトの手、あったかいよね」
「そ、そうか!う、うん、じゃあまた、あしたっ、なっ!」
「うん」
彼はゆったりと微笑む。あ、いいな、かわい……――
「ッウァアアアアアア!!!」
頭が煮える頭が煮えてる!くそ!くそが!ばかか、私!!ちがうちがうちがう!!
今なら逃げる土豚も容易に捕まえられるだろう早さで私はヴァイルに背を向け走る。
「レハトー!落とし物ー!」
呼ばれたらきちんと相手を見なさい、というのが母の躾であったから、私は反射的に彼に振り向く。彼はおかしそうに笑いながら、私が羽織っていたショールをひらひらと振っている。取りにいく?いや、無理だろ、色々と。
「あし、た、明日僕が君の部屋に迎えにいくから、それまで預かっとけ!!」
それだけ言うと返事はきかずに、私は再び走り出す。この早さを武術訓練の時に出せたら、きっと私は「神速のレハト」とか言ってもらえるに違いない。
胸の痛いのも、心臓が早いのも、なんにも、なんにも私の知ったことじゃない。全部ぜんぶ気のせいだ。そんなの違う、気のせいだ、きっと、きっと、きっと、そんなのじゃないんだってば!!

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